2006-09-26 Tue
この言葉が流行った時に、もはや本来の意味は失われ、価値もなくなったと、大嫌いな言葉に転換してはや数年。 明後日には28歳になるこの時期に至り、思わず口走りたくなるほど、なんだか漠然と疲れてるみたいデス。
そう、明後日は誕生日なんだよね。年取ったなぁ。誰か祝ってくださぃ。出会い系のセクハラメールしか来ないこの憐れなアタシを。
と、かわいそうなアタシを見せ付けたところで、もちろん癒されないんだけどね。ハハハ。
後期が始まって、一週間ちょい。発表準備(レジュメ作成)はたくさんあるし、実習も加わっていっぱいいっぱい。
ま、そんな訳で誕生日どころじゃないんだけどね。
確かに、おもしろそうな授業もいっぱいあって、学校臨床なんて久々に教育も考えられて興奮気味なんだけど、追い立てられ
ている感じは常にあって、ゆっくり考えられない、おもしろいって感じている余裕さえないことが、アタシを疲れさせてもいるんだろうな。 立ち止まれない感じが焦りと不安に変わって、それらが凝りに変わってく。もうね、首とか後頭部の凝りが激しくて。教育実習ぶりに医者に行くか?って感じ。
今度の実習は黒板に字書かないし鉄棒もしないから、腕上がらなくても大丈夫そうだけどね。
いろんなこと、おもしろがれてる部分もあるんだけどな。
行動しなきゃないことがたくさんあって、感じたり思考したりがなかなかできないし、ひとつのことに集中できなくて、アレもコレもやらなきゃっていう感じが苦手なんだなぁ。
まぁ、いざとなったら4年いれるか。お金ないけど(苦笑)。
あたし成長してるんかなぁ。
大学の時は、自分がグングン変わってくのを感じられた。
嘘っこだったかもしれないけど、それでも日々何かを考えて、それらを文章化して、いろんなことを吸収してってる達成感みたいなのを感じてたし、それがおもしろかった。
でも今はどうなんだろう。
確かに新しい知識は入る。考える材料もたくさんある。でも、そこについていけてない気がする。
それに、もうすぐ28歳になるけど、あたしが思ってた28歳はもっと精神的に大人で、あたしはそこに全然届かない。
25歳の時よりはほんの少し見えることが増えた。20歳の時よりはもう少し見えることが増えた。15歳の時よりは……。
それは確かに成長なのだけれど、自分に足りないものも見えるようになった。変わりたいのに、変わらないところも知るようになった。
それらが少しずつ積もって、どんよりとした低い雲となって陰を落とす日もある。
そんな時って自分に自信ないから他力本願になって、楽しいこと落ちてないかななんて考えちゃうんだよね。危ない、危ない。
土台をきちんと作り固めないと、上にどんな立派なもの積み上げても崩れ落ちちゃうもんね。
そのことで思い出した。
今日、授業で先生がある話をしていた時に、虐待受けて大きくなったクライエントの例が出て、「研究対象なんでしょ」って言われることもあるって話してて。
ドキっとした。
アタシは同じ言葉を向けたことがあった。直接じゃないけれど。
その例の状況と、その時アタシとアタシがその言葉を向けた相手との状況は確かに似てもいた。
こういう時、ほんの少し動揺する自分もまだいるんだなと感じられた。
でも、とにかく席についたまま、考えることができるようにもなったんだなとも思った。
綱渡りみたいでも、ギリギリ間に合ったり合わなかったりするかもしれないけど、それでもアタシは生きてくし、生きていけるんだな。何とかするんだよな。
そんなこんなで、何だか疲れてはいるけど、時間の使い方も何とかしなきゃなと思っているけど、とにかく頑張ってみてマス。
こうやって追い立てられてく中で、失敗繰り返しながら、成長できたらいいけど、そう簡単にもいかんのだろな。
いろいろ見えてくるが故に、安易に「明るく前向きな言葉」を発せられないと感じる、28歳を間近に控えたユキでした。
| ユキ | 22:36 | comments (x) | trackback (x) | giornale(日記) |
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