2006-04-20 Thu
授業開始から一週間、なんだか地に足が着かない日々。学部とは違う専門領域に進むことの厳しさは覚悟していたつもりだったのだけれど、本当に分からないことだらけ。学部の授業もいくつか取っているけど、4年間で学ぶものを1年でできちゃうわけがなくて、即席のボロはどっかで出るんだろうなと思いつつ、それでもやらないわけにもいかない。新しい知識を得るのはおもしろいことなのだけれど、それ以上に求められることがあたしには高度過ぎるというか。あたしたちは大学院生だから、学部生相手のように、誰も手取り足取り教えてなんてくれない。論文の調べ方も、学者の名前も、履修の仕方も、学会への参加も、全部全部分かっていて当然。で、それが当然じゃないあたしは、周りの速さに洗濯機みたいに振り回され
て、地に足が着けないわけ。しかも、意外と小心者(慣れるまでだろうけど)だから、人に聞くのも勇気が必要だったりして、もうおどおどしっぱなし。この時期の仲間作りが苦手なあたしは、前の記事にもあったように、「お願いだから構わないで」オーラを出しながら、とにかくやらなきゃいけないことを抜けないようにこなすだけで精一杯。休み時間は、持ち歩いているパソコンに向かってカチャカチャキーを打って、周りを遮断しちゃってる。最近は春らしい陽気になってきたから、外のベンチで作っていってるおにぎりをかじりながら、ぼーっとしてたり。それも、徐々に一人ずつ話す機会ができて、最近は少しずつ話せる余裕も出てきたかな。
それと、もうひとつ感じているのは、雰囲気の大きな違い。今までは教育学、これからは臨床心理学。あたしは自分が慣れ親しんだ教育学部の雰囲気を引きずっているせいか、なかなか慣れられずに緊張と嫌悪が起きている気がする。なんて言えばいいんだろうな、空気がピリピリシャキシャキした感じなの。プライドが高いのかなぁ。ガンバリズムがすごく感じられるし、そのことがとても評価されているような。もちろん覚えることもいっぱいあるし、やらなきゃいけないこともいっぱいあって、頑張らなきゃいけないんだけど、もう少しだけ息ついてもいいですか?って思っちゃう。あたしなんてそんなに能力高くないから、落ち着かないと考えることもままならないし、意見も質問も思い浮かばない。それと、すごく仕事の話が出てくる。仕事っていうか就職かな。就職のためにこれを覚えてもらうとか、こういうことやっておくと有利とか、そういう言葉もよく聞く。あたしはまだ、就職のことなんて考えられなくて、しかもそんなに就職したい欲もなかったりで、考えを深めたかっただけなんだけどなぁと呆然としてたりする。進学したの、間違いだったかなぁと少しだけ自信喪失中。
そんな状態のところに、姉から電話。「大丈夫だと思うけど、お母さんが倒れた」一瞬で喪服や実家に帰る用意を考えてしまったのは、葬儀が続いた時のクセだろうか。そんな非情なことを思ってしまった自分を恥じながら、姉の話を聞くことにした。姉は子どもたちがいるから家に残ったらしく、何か分かったら連絡すると言って電話は切れた。電話を待つ間に、一応実家に帰ることになった場合を考えて心構えをしておいた。それと、母が「授業が始まる前に少しでも帰って来れないの?」と言っていたことを思い出して、チクチクと胸が痛んだ。1時間半ほどして、帰って来たと電話がきた。それほど悪い状態ではないらしく、「良くならなければ、今度細密検査を受けた方がいいでしょう」と言われて帰って来たらしい。かといって、母の状態を聞くと安心できる感じでもなく、しばらくは気にしながら生活しなきゃなと思っているところ。安静にしろと言われ
昨夜の電話の後も、眠れずに少し考えていた。母くらいの年の子どもは、もう家族を持ってちゃんと働いていたりするんだろうか。そして、母を支えてあげられたりするのだろうか。例えば姉みたいに。だとしたら、すごい申し訳ないな。母に何かあったら、学校続けられるのかなってどうしても考えざるを得ないし。でも、仕方ない。あたしはあたしの年齢の重ね方するしかできない。背伸びしても、多分ひどく転んで大怪我するだけだし。今は自分のことに精一杯で、母の心配もあまりしてあげられない。でも、ゴールデンウィークは、ちょっと無理をしても実家に帰らなきゃな。
2006-04-05 Wed
昨日、穏やかな春晴れの中、入学式に行ってきた。母親が来たそうではあったけど、実家には姉親子もいたし、朝早いこともあってあたしが来なくていいよと促した。大学の入学式も一緒だったから、校門に辿り着く前から人込みが見えていた。その中を、自転車で突っ走る。さすがに、サークルの勧誘もされないわけで。自転車を留めて、親子が笑い合いながら歩く中を、母親に送る写メを撮りながら早足で会場に向かった。式場に入ると、意外に保護者もたくさんいた。そしてステージの上には「南無阿弥陀仏」の掛け軸。実は、入学した大学は仏教大学。来賓にも、本山の住職が袈裟を着て座ってい
挨拶の言葉には、苦笑することが多かった。例えば「本当の人間性を取り戻すことが大切である」という言葉。本当の人間性ってなんだろう。人間性に本当も嘘もないんじゃないか。そう話す彼は、本当の人間性を知っているのだろうか。あたしには分からない。本当だって嘘だって、人は人であり続ける。それと仏教大学ならではの言葉なのだろうけれど、「自分を越える何かにすべてを捧げる気持ちを持つことが、良い人間になるということ」という言葉。まず、良い人間が分からない。そして、自分を捧げることが良い人間になるということならば、あたしは良い人間になりたくない。あたしはあたしでいたいもん。そうだ、あたしはもしかしたら自分を越える親にすべてを捧げ、良い子であったのかもしれない。でも、それって誰にとっての良い子なの? あたしじゃない誰かでもできることをするのではなく、あたしはあたしを生きたいよ。それがたとえ、良い人じゃなくても。
そんなこんなで式も終わり、プラカードを持った職員に引率されて教室に向かい、院生のガイダンス、研究科のガイダンスと続いた。煙草を吸う余裕も与えてくれない。もとより、構内に喫煙所は2箇所しかないのだけれど。あたしが所属する研究科は今年、史上最高の20名。その中に男性は2人だけ。ガイダンス終了後、「お友達がほしいょ」オーラを出しながら探り合う、お友達になろう会ムードに。あたしがこういうの苦手なことは十分自覚済み。しかも、半分は同大学の学部上がりですでに仲良くおしゃべりを始めている。誰も教室から出ず、誰かが話し掛けてくれるのを待つその雰囲気を置いて、帰ることにした。あぁ、女子集団苦手なあたしがここでやっていけるんだろうかと少しだけ不安になった。
そして今日もガイダンス。小雨が降っていたけれど、自転車で行くことにした。サクラが散り、いつの間にか傘がサクラ模様に変身していた。雨の中のサクラも嫌いじゃない。色が綺麗に映る気がする。
午前中のガイダンスの後、MLの説明をするから残ってほしいと言われた。説明も終わり、午後のガイダンスまでどこかで書き物でもしようと荷物を持ったら、「名前と顔が一致しないので、自己紹介してほしいんですけど……」と声があがった。諦めて座り直す。自己紹介が終わると今度は、みんなで昼飯を食べようという話に。少し迷ったけれど、特にやらなき
ゃいけないこともないから付いて行くことにした。ご飯を食べながらおしゃべりをして過ごしたけれど、食べ終わっても一向に動く気配がない。もうすぐ能楽の資料館のガイダンスが始まる時間だった。周りの人に出るか聞くと、「いやいや、出ないよ~」と笑う。あたしも出る気はなかったが、「能楽大好きだからマスターしてくるわ~」と笑いを取って席を立つことにした。午後もガイダンスが続いた。教員免許の資格取得についての話になり、すでに教員免許は持っているあたしは、肘をついて窓の外を見た。雨はしとしとと降り続いている。やっぱり雨の中のサクラは艶かしい美しさがあると思った。「教員免許を取れば、フリーターや主婦や普通のOLなんかにならなくてすむ」という言葉が耳に入り、思わず目を戻した。一息ついて、また外に目を戻した。「なんか、かぁ」あたしは教員免許持ってたけど、フリーター「なんか」やってたよ。それに、主婦やOLやってる人に対して、すごく失礼な物言いだと思うんだけどな。はぁ、まぁいっか。なんだかせっかくの新生活なのに、嫌なとこばっかり目についてる気がする。でもそれは、浮付きたくない気持ちがあるからなんだけど。
なんだか冷め切ったスタートだけど、あんまり揺れない動じない自然体で始めたいんだな。うん、あたしらしく頑張ろうっと。
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