2007-01-08 Mon
随分とコメントがあると思いきや、荒らされてますね(;´д`)まぁ、随分前から気付いてはいたんですけどね……。
コメント書いてもらえなくなるのは寂しいから残していたのですが、しばらくコメントもできないように設定しちゃおうと思います。
うーん、困ったもんだ。
何かコメントしたい時にはメールでお願いします。
2007-01-08 Mon
明けましておめでとうございます。この台詞を言えたのは、何年振りだろう。
一年間、身内から死人を出さないことが、こんなにも貴重で幸せなことかと噛み締めながら、年末年始を過ごした。
寺の住職だった祖父母が他界してから、寺での集まりも解散して、親戚の間にも不協和音が生じていたけれど、今年は集まることになったことを知り、確かにまた親戚が和やかな雰囲気を持てたことは嬉しくもあったけれど、寂しくもあった。
だってそこに行ったら、大好きな祖父母がそこにいないことを痛い程に感じてしまうだろうから。
姉の11か月、3歳の幼子と、いとこ2人のそれぞれ11か月、1か月の子。姉のお腹には4月に生まれる男の子も宿っている。その子たちを取り囲む大人たち。子どもたちはその空気を更に和やかにしてくれた。
だけど、どうしてもあたしは感じてしまう。未来を象徴するかのような幼子たちが増えていくという世代交代の裏側には、過去に留まり続ける祖父母たちの死があることを。
でも、この姿を祖父母たちだってきっと望んでいたはずなんだ、そう自分に言い聞かせた。
あたしはまだ、喪中に留まっていた。そうだ、過去に留まり続けているのは、祖父母ではなくあたし自身だった。
実家で31日から3日までを過ごし、なぜか殺される夢ばかりを見ながら、寝苦しい日々を過ごした。
ある夢では、祖母が「早く逃げなさい」と先に飛び出し、逃げ道を教えてくれたのに、あたしはそれに従わず、部屋に留まった。軍隊の服装をした女性が部屋に入ってきて、「ちょっとペン貸して」と隣にいる誰かにペンを借りると、あたしの鎖骨に何かを書いた。そこに触れると、ザラザラと皮膚が解けていくのを感じ、その書かれたものが二度と消えないと知ったあたしは、「あたし殺されるの? ねぇ、あたし殺されるの?」とその女性や周りの人に言うけれど、皆静かに笑うだけで何も言わなかった。その後あたしは、別室に連れて行かれ、同じように記号のようなものを書かれた人々と列を成し、銃で撃たれるのを待った。
今年は雪がとても少なくて、あたしの心のもやもやを白く埋めてはくれなかった。
雪が少ないと、泥や汚れを雪が吸い込んで、かえって汚く見える。
その上から止め処なく雪で埋めると、白い銀世界が生まれる。
でも、その雪が解けると、押し込められていた汚れがまた現れる。
そんなもんだ。
実家から姉のところに寄って、5日の夜中に帰って来ると、急に具合が悪くなって、次の日は一日寝込んだ。
これは毎度のことだから、もう慣れているけれど、まだ身体化してしまうのだなと少しだけしょげた。
そうして寝込んでいる時に、久々にテレビをぼんやり見ていたら、『白虎隊』のドラマをやっていて、寝込みついでに見ることにした。
地元にいた頃は、祖父や教員たちに何かと言えば「会津魂」「白虎魂」を持てと言われ、単なる愛国心の押し付けだろうと思い、「ならぬものはならぬ」という言葉にも理不尽さを感じ、嫌気がさしていたのだけれど、不思議なもので故郷を離れてからの方がそれらに魅力を感じるようになった。
故郷を離れたことだけじゃなく、年を取ったってこともあるんだろうな。
散々訪れた鶴ヶ城や飯盛山にもうんざりしていたくせに、祖母の看病の帰りに時々寄ってぼんやり過ごしたりもした。そう、日新館の前もわざと遠回りして通ったり。
自分が何に惹かれているのかは、今でもよく分からない。でも、会津魂を感じるようになったのかもしれない。
父方の祖父はよく、立派な武士だったという祖先を自慢してた。白虎魂の血はお前にも流れているのだ、と。その祖父が他界して、複雑な感情を少しずつ素直に受け入れることができてきたのかもしれない。祖父の背後には確かに、白虎魂が在ることを感じられた。そしてあたしは、紛れもなくその祖父の血を受け継いでいる。
世代交代の寂しさは、そのバトンを引き継いでいくという支えとのバランスなのかな。
明日からはテスト期間。実習も始まる。会津魂で何度も起き上がって乗り越えてやる!
| ユキ | 02:35 | comments (x) | trackback (x) | giornale(日記) |
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