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大家んち
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白虎魂
明けましておめでとうございます。
この台詞を言えたのは、何年振りだろう。
一年間、身内から死人を出さないことが、こんなにも貴重で幸せなことかと噛み締めながら、年末年始を過ごした。

寺の住職だった祖父母が他界してから、寺での集まりも解散して、親戚の間にも不協和音が生じていたけれど、今年は集まることになったことを知り、確かにまた親戚が和やかな雰囲気を持てたことは嬉しくもあったけれど、寂しくもあった。
だってそこに行ったら、大好きな祖父母がそこにいないことを痛い程に感じてしまうだろうから。
姉の11か月、3歳の幼子と、いとこ2人のそれぞれ11か月、1か月の子。姉のお腹には4月に生まれる男の子も宿っている。
その子たちを取り囲む大人たち。子どもたちはその空気を更に和やかにしてくれた。
だけど、どうしてもあたしは感じてしまう。未来を象徴するかのような幼子たちが増えていくという世代交代の裏側には、過去に留まり続ける祖父母たちの死があることを。
でも、この姿を祖父母たちだってきっと望んでいたはずなんだ、そう自分に言い聞かせた。
あたしはまだ、喪中に留まっていた。そうだ、過去に留まり続けているのは、祖父母ではなくあたし自身だった。

実家で31日から3日までを過ごし、なぜか殺される夢ばかりを見ながら、寝苦しい日々を過ごした。
ある夢では、祖母が「早く逃げなさい」と先に飛び出し、逃げ道を教えてくれたのに、あたしはそれに従わず、部屋に留まった。軍隊の服装をした女性が部屋に入ってきて、「ちょっとペン貸して」と隣にいる誰かにペンを借りると、あたしの鎖骨に何かを書いた。そこに触れると、ザラザラと皮膚が解けていくのを感じ、その書かれたものが二度と消えないと知ったあたしは、「あたし殺されるの? ねぇ、あたし殺されるの?」とその女性や周りの人に言うけれど、皆静かに笑うだけで何も言わなかった。その後あたしは、別室に連れて行かれ、同じように記号のようなものを書かれた人々と列を成し、銃で撃たれるのを待った。
今年は雪がとても少なくて、あたしの心のもやもやを白く埋めてはくれなかった。
雪が少ないと、泥や汚れを雪が吸い込んで、かえって汚く見える。
その上から止め処なく雪で埋めると、白い銀世界が生まれる。
でも、その雪が解けると、押し込められていた汚れがまた現れる。
そんなもんだ。

実家から姉のところに寄って、5日の夜中に帰って来ると、急に具合が悪くなって、次の日は一日寝込んだ。
これは毎度のことだから、もう慣れているけれど、まだ身体化してしまうのだなと少しだけしょげた。
そうして寝込んでいる時に、久々にテレビをぼんやり見ていたら、『白虎隊』のドラマをやっていて、寝込みついでに見ることにした。

地元にいた頃は、祖父や教員たちに何かと言えば「会津魂」「白虎魂」を持てと言われ、単なる愛国心の押し付けだろうと思い、「ならぬものはならぬ」という言葉にも理不尽さを感じ、嫌気がさしていたのだけれど、不思議なもので故郷を離れてからの方がそれらに魅力を感じるようになった。
故郷を離れたことだけじゃなく、年を取ったってこともあるんだろうな。
散々訪れた鶴ヶ城や飯盛山にもうんざりしていたくせに、祖母の看病の帰りに時々寄ってぼんやり過ごしたりもした。そう、日新館の前もわざと遠回りして通ったり。
自分が何に惹かれているのかは、今でもよく分からない。でも、会津魂を感じるようになったのかもしれない。
父方の祖父はよく、立派な武士だったという祖先を自慢してた。白虎魂の血はお前にも流れているのだ、と。その祖父が他界して、複雑な感情を少しずつ素直に受け入れることができてきたのかもしれない。
祖父の背後には確かに、白虎魂が在ることを感じられた。そしてあたしは、紛れもなくその祖父の血を受け継いでいる。
世代交代の寂しさは、そのバトンを引き継いでいくという支えとのバランスなのかな。

明日からはテスト期間。実習も始まる。会津魂で何度も起き上がって乗り越えてやる!


| ユキ | 02:35 | comments (x) | trackback (x) | giornale(日記) |
癒されたい
この言葉が流行った時に、もはや本来の意味は失われ、価値もなくなったと、大嫌いな言葉に転換してはや数年。
明後日には28歳になるこの時期に至り、思わず口走りたくなるほど、なんだか漠然と疲れてるみたいデス。
そう、明後日は誕生日なんだよね。年取ったなぁ。誰か祝ってくださぃ。出会い系のセクハラメールしか来ないこの憐れなアタシを。
と、かわいそうなアタシを見せ付けたところで、もちろん癒されないんだけどね。ハハハ。

後期が始まって、一週間ちょい。発表準備(レジュメ作成)はたくさんあるし、実習も加わっていっぱいいっぱい。
ま、そんな訳で誕生日どころじゃないんだけどね。
確かに、おもしろそうな授業もいっぱいあって、学校臨床なんて久々に教育も考えられて興奮気味なんだけど、追い立てられている感じは常にあって、ゆっくり考えられない、おもしろいって感じている余裕さえないことが、アタシを疲れさせてもいるんだろうな。
立ち止まれない感じが焦りと不安に変わって、それらが凝りに変わってく。もうね、首とか後頭部の凝りが激しくて。教育実習ぶりに医者に行くか?って感じ。
今度の実習は黒板に字書かないし鉄棒もしないから、腕上がらなくても大丈夫そうだけどね。
いろんなこと、おもしろがれてる部分もあるんだけどな。
行動しなきゃないことがたくさんあって、感じたり思考したりがなかなかできないし、ひとつのことに集中できなくて、アレもコレもやらなきゃっていう感じが苦手なんだなぁ。
まぁ、いざとなったら4年いれるか。お金ないけど(苦笑)。

あたし成長してるんかなぁ。
大学の時は、自分がグングン変わってくのを感じられた。
嘘っこだったかもしれないけど、それでも日々何かを考えて、それらを文章化して、いろんなことを吸収してってる達成感みたいなのを感じてたし、それがおもしろかった。
でも今はどうなんだろう。
確かに新しい知識は入る。考える材料もたくさんある。でも、そこについていけてない気がする。
それに、もうすぐ28歳になるけど、あたしが思ってた28歳はもっと精神的に大人で、あたしはそこに全然届かない。
25歳の時よりはほんの少し見えることが増えた。20歳の時よりはもう少し見えることが増えた。15歳の時よりは……。
それは確かに成長なのだけれど、自分に足りないものも見えるようになった。変わりたいのに、変わらないところも知るようになった。
それらが少しずつ積もって、どんよりとした低い雲となって陰を落とす日もある。
そんな時って自分に自信ないから他力本願になって、楽しいこと落ちてないかななんて考えちゃうんだよね。危ない、危ない。
土台をきちんと作り固めないと、上にどんな立派なもの積み上げても崩れ落ちちゃうもんね。

そのことで思い出した。
今日、授業で先生がある話をしていた時に、虐待受けて大きくなったクライエントの例が出て、「研究対象なんでしょ」って言われることもあるって話してて。
ドキっとした。
アタシは同じ言葉を向けたことがあった。直接じゃないけれど。
その例の状況と、その時アタシとアタシがその言葉を向けた相手との状況は確かに似てもいた。
こういう時、ほんの少し動揺する自分もまだいるんだなと感じられた。
でも、とにかく席についたまま、考えることができるようにもなったんだなとも思った。
綱渡りみたいでも、ギリギリ間に合ったり合わなかったりするかもしれないけど、それでもアタシは生きてくし、生きていけるんだな。何とかするんだよな。

そんなこんなで、何だか疲れてはいるけど、時間の使い方も何とかしなきゃなと思っているけど、とにかく頑張ってみてマス。
こうやって追い立てられてく中で、失敗繰り返しながら、成長できたらいいけど、そう簡単にもいかんのだろな。
いろいろ見えてくるが故に、安易に「明るく前向きな言葉」を発せられないと感じる、28歳を間近に控えたユキでした。


| ユキ | 22:36 | comments (x) | trackback (x) | giornale(日記) |
時間があたしを超えていく
 「書けるかなぁ」とつぶやいてから、2か月になろうとしている。1か月半の夏休みは今日で終わり。これからは実習も増えて、さらに忙しくなる。はぁ。夏休みの間、あたしは何をしてたんだろ。いつの間にか終わってたよ。国際的な心理学の会議や心理検査の勉強会、ゼミやいくつかのシンポジウム。そんなイベントに追われているうち、気付いたら9月も半ば。あぁぁ、こうしてあたしは時間に追い越されていくんだ。
 こんなに長い間、何にも書かない時期が続くのも珍しい。書きたいことが、沸いて溢れ出てしまわないのも珍しい。感じたり考えたりすることにブレーキがかかっているのか、それらを吐き出せる場があるからなのか……。月に一回の更新じゃ、読んでくださる人も減っていくよね。それもまた、仕方ないか。

 あたしは今、自分の立ち位置を見極められなくて、少しユラユラしてる気がする。どっぷり臨床心理学をやってきた人間じゃないから、教育学部で身に付けたことも見え隠れして、抵抗を見せたり違和感を持ったりもする。学校の雰囲気ってやっぱりあるもので、学校が変わって雰囲気に慣れない部分も抱えている。臨床心理学一筋に頑張ってきた方々と違って、必ず心理職にと思っているわけでもない。そんな中で今、臨床心理家として鍛えられているあたし。
 そりゃ揺れるだろうな。揺れていいんだと思ってる。もしかしたら、今学んでいることとはほとんど関係ない路に進むかもしれない。でも、それでも意味はあるんだよなぁって思うんだよね。考えてみれば、今臨床心理学の大学院に来ていて、学部から心理学を学んでいたら他の方々ともう少しは肩を並べられたのかもしれないけれど、教育学部を出たことにぜっんぜん悔いはないもん。あの4年間があったから、今のあたしがあるって、ホント心から実感するんだ。
 トコトコ歩いている大人は、走りたいと思いながらはいはいしかできない赤ちゃんより優れてる? そういう見方もできるかもしれない。でもさ、その走ることを目指しながらはいはいしかできない時期に、大人は戻れないんだよね。その時期見ていた景色は、きっともう見られないし、その時はいはいしながら感じていたことも、きっと感じられない。だから、はいはいしかできないことを劣っているとか優れているとか、そんな風には図れないってあたしは思う。
 時間に追い越されて、先を行く理想像を見て、いじけたり落ち込んだりしてもいいけどさ、もったいないじゃん。他の誰でもない「あたし」の、他のどの時期でもない「今」は、二重の意味で貴重なんだよね。今のあたしにしか感じられないことや、今のあたしにしかできないことって、貴重なんだよ、絶対。その、先を行く理想像にとってもね。だから、あたしがこの時期に感じられること大切にしたいんだ。先ばっかり見て、今のいろんなこと見過ごすのもったいないから。ジロウなんて、すっごい嬉しそうにハイハイしてるもんなぁ。それがきっと、走るために必要なことで、必要な時期なんだ。……って、同じようなこと小5の文集に書いてたのを思い出した。成長しないなぁ、あたし。でも、多分それがあたしなんだろうな。うん。
 明日から後期の授業。いろんなもん吸収して、未熟なあたしが感じられるものいっぱい大事にして、絶対先に進んでやる。と、決意新たにした夏休み最後の日でした。



| ユキ | 15:38 | comments (x) | trackback (x) | giornale(日記) |
TB受付拒否
全然動いていないブログになってしまっていますね……。
見てくださっている方々、本当に申し訳ないです。
レポートが終われば「形式上」の夏休みがあるから、少しは書けるかなぁ。

ところで、ここの記事にコメントやトラックバックがあると、私の携帯にメールが入るのだけれど、最近やたら英語さんのトラックバックが多くてうんざりするので、拒否っちゃいます。
あんまり困る人もいないかなと思うので(笑)。
ではでは、レポート頑張ります!

| ユキ | 23:10 | comments (0) | trackback (x) | その他 |
加害者更生
 10日程前、相方が傷害事件の被害者になった。
 隣県のスタジオに行った帰り道、電話でこれから帰ることを伝えてくれ、今日あったことのおしゃべりをしていた。 そこでいきなり罵声が聞こえ、彼の「何ですか?」の返事と共に電話は切れた。掛けても繋がらない。繋がったと思ったら切られた。 あたしは怖くなって友人に電話をし、どうすればいいだろうと混乱しているうちに、電話が掛かってきた。警察が着いたとの連絡と大きな怪我がないという話にホッとしたけれど、それからが大変だった。
 彼は朝方事情聴取を終え、診断書を作成してもらうために病院に行き、夕方家に着いた。 1日半後には、警察から連絡があり、加害者Iは罰金刑を受けて釈放され、学校のテストを受けていると言う。 そしてその3日後、警察から加害者Iの連絡先が知らされ、「賠償などの話はそちらでお願いします」との電話があった。

 加害者は医療専門学校生で、病院で働いてもいる。まがりなりにも医療勤務している人が、酔っていたとは言え、通りすがりの人をボコボコに殴るという行為にあたしは腹が立った。
 友人たちに相談をし、学校の先生にも相談し、弁護士会に電話相談をして、民法を調べたり、ネットで質問したりと、できる限りのことはした。想定される相手の言い分に対し、どう返すかもシミュレートした。そう簡単にはいかないと思っていたからそこまでした。でも、あたしはどこかで、刑事罰を受けてしょげているのではないかという期待を、持ってしまっていたのだと思う。
 連絡先を知った次の日、代理人ということであたしがIに電話をした。「もしもーし」という相手を考えない、社会的規範のないことが伺える出方にまずはやられた。その後も、バカにしたような喋り方や、こちらの質問を理解せずにとんちんかんなことを返す様子に、正直腹が立って苛々していた。後から録音したものを聞いてみると、加害者の不安やびびりから来る強がりかもしれないと感じたりもしたのだけれど、Iの本心はあたしにはどうやったって分からないし、I自身も分からないのかもしれない。あたし自身もいきなり殴るような加害者に電話をすることで、緊張していて冷静になど話せていなかった。多分、説教染みた「お前が悪いんだろ」というメッセージを送ってしまっていたと思う。
 電話が10分を過ぎた頃、「自分ホント悪いことしたって思ってますんでぇ~(半笑)、絶対逃げないんでぇ~、信用してもらえないっすかねぇ(笑)」の言葉に絶句した。「こちらは被害者なので、それは難しいですね」と苦笑しながら答え、具体的な話を出さずに、「今日はご挨拶ということで」と切ることにした。しょげている期待をしていたあたしは、こういった態度をリアリティを持って想像することができず、余計に動揺し怒りを感じてしまったのだと思う。

 電話の後、これが加害者の態度か、という怒りが強かった。
 友人にこの電話の結果を話すと、「結局こういう奴がそういうことをするんだよ」と言われた。数日後の授業でも、山口母子殺害事件に見られる加害者の態度(友人への手紙)は、加害者の平均的なものだという話があった。その授業では、内閣府による配偶者への暴力加害者更生プログラムの話もあったが、全然うまくはいかないことだけがよく分かった。
 そういった加害者の多くは、「考える」ことをしてこなかった人だという。だから、「被害者のことを考えろ」と言われても、どうやっていいかが分からない。そして、それを今更伝えていくのは容易じゃない。被害者を減らすためには、被害者ケアだけでなく、加害者更生が必須なのは考え付く。でも、それは被害者ケアの何倍も大変で、何倍も時間がかかることなのだと思う。誰がそこまでの強制力を持って、時間とお金をかけて更生するかという問題を解決する道が、今のところあたしには思いつかない。
 そんなことを考えてあたしは、加害者Iとのやり取りにおいて、更生しよう、躾けてやろうなどという浅はかな思いを持たず、ただ賠償を得ることだけを考えようと決めた。彼の気持ちは分からないのだから、目に見える賠償金や慰謝料で納得するしかありえない気もした。

 あたしは事件が起きてから、抱えることにきつさを感じて、クラスメイトによくこのことを相談した。いい気分になる話ではないし、直接関係のあることでもないのに、クラスメイトは親身に聴いてくれ、それぞれの反応をしてくれた。知り合いの警官や弁護士に相談して、結果を話してくれる人もいた。こうしてサポーティブに関わってくれる方々を見ていると、被害者支援の可能性には希望が持ててくる。被害者になって気付いたけれど、本当に何をするにも苦痛で時間がかかる。一つひとつの手続きにくたびれてしまう。思考も感情が伴って、冷静になれなかったり、集中できなかったりすることもある。そんな時に、考えてくれる動いてくれる方々がいることは、本当に大きい。
 今のあたしには、そういう意識を持つ方々が増えることが、やはり加害者更生よりもずっとずっと現実味を帯びて想像できる。

 でも、でもなぁ……と思ってしまう。
 加害者更生は難しいかもしれない。でも、加害者支援はどうだろう。加害者を加害者にならざるを得ない人だと捉えたら、加害者更生ではなく支援という捉え方でアプローチできないだろうか。いくら被害者支援が充実しても、加害者を無視していいという気持ちには、あたしはどうしてもなれない。もちろん、今回は被害者的立場だから、支援なんてする気にはなれないのだけれど。
 答えの出ないこの「加害者」と「被害者」の問題、まだまだ考える余地がありそう。


| ユキ | 19:24 | comments (1414) | trackback (801) | giornale(日記) |
覚えることと考えることと感じることと
 授業が始まって2か月、もう半期の折り返しを迎えて、2年なんてあっという間なんだろうなと焦りと脅えに泣き出しちゃいそうな日々を過ごしている。
 前回書いた洗濯機の中状態は、次第に「覚えること」への反発に繋がって、最初の頃は本当にストレスフルな生活だった。理論や歴史を覚えることの大切さ、地盤となる強さを頭では分かっているのだけれど、覚えることの苦手な私は苦痛でしかない。それに、それは文献を見れば載っているのではと思うと、それよりみんなで考えていきたいという思いが強まってしまう。その理論だって、きっと誰かが考えたことなのだろうけれど、それを覚えなければならないっていうのは、考えることより私には苦痛だった。
 それがしばらく経って、授業中の緊張もほぐれ、おしゃべりができる友人ができてきた頃、感じることが変わった。授業でも、文献に書いてあることが真実だと思う必要はないと話され、覚えることは考えることの否定ではないのかもしれないって思ったからかもしれない。それまで「質問を」と言われても、それは知識でしかなく私の考えが入り込む隙はないし、その答えは本に載ってるから今聞かなくてもいいやって思っていたのだけれど、今は書いてあること、聞いたことへの疑問探しができるようになった。そうして疑問を探す事で考えることが増えると、ほんの少し、ストレスは解消された。
 自分の頭で考えることをやめちゃいけないんだ、と思う。実証されていない私の思考は、科学的ではない主観でしかないかもしれないけれど、デカルトもフロイトも考えることをしてきたはずだ。客観性であることと、考えることは、異なるようで繋がっていると私は思う。それと、考えることが主観というのも少し違って見えてきた。脳はしばしば嘘をつく。自分がそう考えていると思っていたことが、実は違ってたなんてことは起こりえることなんだ、きっと。だから、自分が考えたことでも、本当に自分がそう感じているかは簡単に信用できない。感じたことを考えにした時、そして考えたことを言葉にした時、少しずつズレていくものなのかもしれない。
 私の指導教官は、感じることを大事にした授業をする。ウォーミングアップ的な軽いサイコドラマをして、今ここで感じたことを話し合う。その授業を受けながら、私は感じたことを言葉にすることが苦手なのだと痛感した。最初の方の授業で、「今ここで私は」何に気付いたか何を感じたかを話していくワークで、「今ここで私は、今とはいつのことなのか分からなくなりました」とか「今ここで私は、何を感じているか分からなくなりました」なんて言わざるを得ないほどだった。先生に「大丈夫?」と言われて、苦笑するしかなかった。何を期待されているか、何を言えば正解なのかを、考える癖がついているのかもしれないなぁと思う。先生と立ち話をする機会があり、「授業には慣れた?」といった話から、「先生の授業はいろいろ考えさせられます」って言ったら、「考えるんじゃなくて感じるのよ」なんて言われて、またまた苦笑&赤面。感じたことをそのまま素直に言葉にすることへの抵抗が、私にはまだまだありそうだ。
 そんな学校生活に四苦八苦しながら、3週間ほど週末に前のバイトをお手伝いさせてもらった。その前には、仕事をしていた頃に編集の指導をしていただいた方から、打ち込みのバイトを頂いた。仕事は楽しい。誰かのためになっていると(私が勝手に)感じることは、達成感や喜びに繋がって元気が出る。考えること、判断することが、ぐっと増える。時間があれば、もう少しお手伝いさせて頂きたいと思ったくらい。でも、毎日10時半から20時までほぼ授業だから、そうそうバイトはできそうにない。その分、勉強頑張らなきゃなぁ。覚えることと、考えることと、感じることのバランスをうまく保ちながら。
 なので、更新は遅れていくかも。お許しを。


| ユキ | 01:51 | comments (2295) | trackback (810) | giornale(日記) |
予告
一か月以上放置しちゃってることに今気付きました。
見てくださっている方々、ごめんなさい。
何とか元気です。時間だけが足りないです。
いろいろとひと段落付きそうなので、近々近況報告します!

| ユキ | 03:43 | comments (6230) | trackback (533) | その他::おしらせ |