ゆっきーのおもちゃばこ
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ゆっきーへおてがみ

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[256] 恐怖するということ
[2005年2月20日 23時10分]
  大阪で、17歳の少年が母校の教師を殺傷した。この事件について語ることを先延ばしにしてきたのは、事件を知ってふりこが乱れて揺れた自分に、「お前は部外者だ、他人だ」と言い聞かせる時間が必要だったからだった。
 事件の後、いつものように私はすぐにネットでいろいろと情報収集を始めた。次の日の朝刊を待たなくても、そこには多くの情報が次々と流れてくる。けれど……。殺された教師を私は知らない。殺された教師の人生を私は知らない。殺された教師の遺族を私は知らない。殺された教師を大切に想ってきた人々と、私は違う。いつか、私が当事者になるかもしれない。けれど今は、部外者だ。そのことを分かっておかなければ、私は無意識に、大きな声で傲慢な御託を並べてしまいそうな気がした。加害にしても、被害にしても、それを背負えるのは当事者だけ。私は、外から眺めている、私でしかない。「お前は部外者だ、他人だ。そして、お前はお前だ。静まれ」そう自分に言い聞かせた。
 それでも書く以上は、やはり部外者の御託でしかない。それでも、書きたい。

 半年ほど前、仕事を辞めた直後に私はいろいろと思考を始めた。働いていた時には、「無駄」な思考を極力排除してきた。そこから解放されると次々と考えたいことが浮かんで、友達を捕まえては「どう思う?」と質問攻めにした。その1つに、抑制力があった。
 子どもだって大人だって、生きていれば殺意をもつことくらいある。少なくとも私は、数え上げればキリがない。そしてそれは、人を殺すという重さからは程遠いほど、容易に抱くことができる。でも、多くの場合実行されないのは、「家族に迷惑をかける」とか「殺人者にはなりたくない」とか「相手が可哀想だ」とか、そういう抑制力になる理由をもっているからだと思う。ただ、列挙していて気付いたのは、どれもとてもはかない理由で、簡単に壊すことができるような気がしたことだった。
 今回の事件で、警察もマスコミも必死で「動機」を知ろうとしている。動機は何のために必要なんだろう。彼は罪を認めている。確証も取れてる。それでも「動機」ばかりを追う彼らを傍観しながら、切なさに似た感情を抱いた。罪を軽くするために、彼自身が動機を探すならまだ分かる。でも他人が動機を知ろうとするのは、納得のいく答が見付からないと気持ち悪いからじゃないだろうか。私自身も「なるほど、そりゃ人も殺しちゃうよね」と言えるような動機があれば、スッキリするかもしれない。でも、報道番組のリポートによって動機を知ることのみで、人を殺すことを納得できたら、その方が気持ち悪い。だからみんなスッキリできなくて、引きこもりだのゲームだのネットだのって、これでもかってくらいに理由を探してるのかもしれない。
 私がこう言うのは、彼に理由はなかったんじゃないかと感じるから。もっと正確に言うなら、「コレです」と言葉にできる、明確で直接的な理由がないということ。そしてそれは、殺す理由がなかったということでありながら、殺さない理由がなかったということと同意のような気がしている。殺さない理由、つまりは上記した抑制力、それが彼にはなかったんじゃないだろうか。抑制力は、現実がリアルに感じられていなければ、見えてはこない。リアルに感じないというのは、ゲームやネットばかりをしているリセット世代だから、などという安易な理由からくるものではなく、もっともっと深いもののような気がする。だって、彼はあの教師を刺した時、確かに感じたはずだから。人間にとって異物である包丁から、肉を切り裂いて侵入する感覚が伝わってきたはずだから。ゲームとは違うって分かったはずだから。それでも、刺すことを止めなかったのだから。

 先月の終わりに友人の家にお邪魔した時、私が香田証生さんの動画について考えたことを話していたら、彼女はお茶を入れながら「加害でも被害でも、恐怖しなくなるっていうのは、怖いことだよね」と話した。人にナイフを突き刺すことに、ためらわない。人にナイフを向けられた時に、無表情でいる。私にはどちらも、生きることに執着のない、生きることを放棄した、生きることを諦めている、もしくはすでに魂が死んでいる、そういう人間に見える。
 記憶が蘇って数年が経った頃から、私は時々、そういう幼少の頃の私をちらちらと見ている。一瞬の欠片しか見られないのは、それを見ることを私が恐れているからで、覚悟を決めて見ようとすると、彼女は逃げてしまう。私は確かに、恐怖しない瞬間があったのだと思う。何かスイッチのようなものが入る感覚を、一瞬だけ感じる。私には人を殺すような機会はなかった。でも、多くの人を、何のためらいもなく傷付けた。そして、殴られても何とも思わないことが少なくなかった。その私は、私の感覚や感情は、一瞬でも感じるたびに、人間ではない怪物か妖怪かのように思える。だから怖くて、直視できない。でも、紛れもなく、人間の姿。私の姿、なんだ。
 彼は、いや、彼も、恐怖していなかったように思う。恐怖していたら、ためらっていたら、大人の心臓を一突きになど、できないのではないだろうか。彼は、あの教師の命を奪った。これから先の人生を奪った。遺族から、大切な人である教師を奪った。それはとても大きなことで。彼がこれから先ずっと背負っていくことで。……彼は今、恐怖しているだろうか。恐怖は、取り戻せる。私がそうであるように、遡って恐怖することもできる。彼はいつか、今回の事件を起こしたことを、人を刺して殺したことを、恐怖するだろうか。
 抑制力の基底にあるのは、恐怖するってことかもしれない。抑制力になる理由が見えないっていうのは、恐怖するってことを見失っているからかもしれない。恐怖するっていうのが度々起こると、身体的にも精神的にもきつくなる。恐怖しないと、その場しのぎだけれど、とても楽になる。自分が、強くなったかのように感じる。恐怖しないっていうのは、前に書いた「平気になる」と似ているような気がする。そんなに強くならなくても、生きていける場所があるといい。自分が傷付くことに鈍感にならず、恐怖して可愛がる。誰かを傷付けて哀しませることを、恐怖して哀しむ。そして、飯食って、寝て、笑って、気が向いたら、遊んだり、勉強や仕事もして、そうやって無理をしないで自分を生きてりゃ、それでいいんだと思う。それでいいんだけど、それが何だか難しくなっているのかもしれない。

[255] あたしの見ている色
[2005年2月17日 4時1分]
  書きたいネタは持ち歩いているノートに溜まっていくのだけれど、今月から「毎日勉強する」を目標に机に向かっているから、愛しのPCくんには背中を向けて過ごす時間が増えた。でも、自分に言い訳をしつつ、こうしてキーを打つ時間もあたしには必要なわけで。
 今日はどうにも心臓くんが静まってくれなくて、脈がはやい。脈がはやいと、理由のない不安感に襲われてしまう。心理学を勉強していて、なぜ人は感情を持つのかとか、なぜ明るいと感じるのかとか、真剣に考えていた人のことを知るたびに、その研究者たちと話がしたいなぁと思う。なかなか答の出ないことを考えていると、あたしは気持ちが落ち着いてくる。だから、あたしの脳にも刺激を与えて考えてみようかと、他者のブログを読んでみた。

 このHPは、近々リニューアルされる予定。その作業は、作ってくれているkoroの体調が悪いのと、あたしの伝える能力の低さから、のんびりと進んでる。その新HPでは、ブログを採用することになった。実はあたし、ブログというものに抵抗があった。基本的にマイノリティーを愛する人間だから、流行りのように増えたブログに拒否感があるのも大きい。それと、容量の小さいあたしは、短編小説のように様々なネタで、毎日のように更新されていくブログに、すぐにお腹一杯になって見なくなってしまう。文章の量が問題なのではなく、ネタの種類の多さにまいってしまう。
 でも、ブログも所詮道具で、どう使うかはあたし次第。それに、あたしは書くということに構えてしまうところがあるから、軽い気持ちで短い文章でもいいから、残していくというのもおもしろいかもと思った。そこでは、画像も載せていくようになる予定で、それもブログでGOする決め手になった。徐々にできていくHPを日々眺めながら、どんな画像を載せようか、どんな文章を載せようかと、妄想は膨らむ。でも、そこで立ち止まった。

 中学生の頃か、高校生の頃か、脳を特集したNHKの番組があった。姉が好きでビデオに録っていて、あたしも見ているうちにおもしろくなって、全部見た。そこである日、衝撃的なことを知った。あたしが見ている色は、他者にとっても同じ色で見えているとは限らないということ。あたしの目も、あたしの脳も、人に貸すことはできない。あたしが赤だと思っている色は、他者にとっては、青かもしれない。
 科学的にどうかということは、もう問題じゃなかった。あたしが感じていることは、色のような単純なことでさえ、どうやっても他者が同じように感じることは不可能だということ、そしてあたしの目や脳を他者に貸せない限り、それを確かめる術がないと思われることが、衝撃だった。更に知識があれば、感覚にはその個人が持っている経験や記憶、認知などにも影響されることが考えられただろう。

 あたしが立ち止まったのは、画像を載せることの意味が分からなくなったからだった。例えば、あたしが綺麗だと思った道端の花を切り取って載せたとする。ブログに載せるような小さな画像では、写真を撮る側のセンスや技術は生かされないとすると、その花の画像は、図鑑やネット上にいくらでもあるだろう。それを載せることに、何の意味があるんだろうって思ったんだ。だから、いろいろ想定してみた。例えばあたしの部屋にあるモノ。でも、それだって量産されたモノを買ったに過ぎず、これだけ情報量のあるネットならば見つけることができる可能性が大きい。結局、あたしの思い浮かべられた範囲で、どうやっても他で見ることのできないのは、量産が不可能な「人間」しかなかった。
 そこまで考えて、上記の番組を思い出した。ここで、考えは二手に分かれた。まず1つは、あたしの見ているものは、あたししか感じられないものだから、あたしが心を動かされて切り取ったということに意味があるということ。そしてもう1つは、あたしが見ているものを、他者が同じように見ることが不可能ならば、やはり画像を載せることに意味はないということ。
 ここまで考えて、また違うことが侵入してくる。今度は視覚的なものではなく、言語的なもの。あたしはこれまで、文章を書いて、HPに載せてきた。また、いくつかの講演で、多くの人を前に話もした。そのことで、あたしが発した言葉はあたしが伝えたいように伝わるとは限らないということを、学んできた。そして、あたしと相手の感覚の違いだけでなく、複数の相手の間で、それぞれ感じ方も心動かされる部分も違うということも知った。けれど、あたしは文章を書き続け、話し続けている。それは、伝えることを諦めているわけではなく、あたしとは違う相手だからこそ、届けとばかりに伝えようとしているような気がする。

 視覚的なものも、言語的なものも、性質の違うものだから、あたしの考えていることは大きな勘違いかもしれない。でも、少なくとも、同じものを見ても、あたしと他者では見え方が違うという、それを理由にして画像を載せることに意味はないと考えるのは、違うような気がした。あたしが心を動かされて、切り取った画像だということが、もしかしたら何かを伝えてくれるのかもしれない。同じような画像がそこらじゅうにあったとしても、あたしが撮った画像には、あたしが撮ったという意味付けがされるのだから。
 どうも、理屈っぽいというか、うそ臭いというか、誤魔化しているというか、そんな気がしてきた。軽い気持ちで書けることを楽しもうと思った矢先に、こんなことを何時間も考えている。あたしってどうしてこうなんだろうなぁ、単純に楽しめばいいのにと思っていたら、姉からメールが届いた。
 先日、姉が結婚式で使う指輪が欲しいと言い、あたしも見たかったから、一緒に夜中からネットで探し始めた。果てしなく画像が並んでいて、見ているだけでカラスが鳴く時間になってしまった。結局、最初に気に入ったものに決め、注文をした。それが届いたというメールだった。そしてそこには、姉の手にはめられた指輪の画像も添付されていた。申し訳ないが、ちょっと笑った。だって、PCの大きな画面で散々見た指輪だったから。でも、やっぱりPCの画像を見た時とは違った感覚、情動があった。……気がする。
 そんなもんだろう。あたしのHPは元々自己満足の世界。好きなようにやるだけのこと。新HP、楽しみにしててくださいっ。

[254] 自殺と変調
[2005年2月14日 13時1分]
  柳 美里 著の『自殺』(文春文庫)を読んだことで、それまであいまいにしか見えなかった「自殺」についての自身の考えにぼんやりと輪郭が与えられ、それを形にしたいと思いながら時間が取れずにしばらく経っていた。
 そして数日前、母から二日連続で「自殺」を伝えるメールが届いた。亡くなったのは、どちらも小学校の同級生の親だった。一人は、今や荒地となっている地元の小さなスキー場の近くに住む、Mという元男子生徒の父親。そしてもう一人は、正月に再会した、あのいじめの主犯者A子の母親だった。亡くなった2人は、それほど仲がいいわけではなかった。たまたま1日違いだっただけで、別々の理由での自死と考えるべきだろう。そもそも、理由なんてないかもしれない。でも、1日違いだったのは、本当に「たまたま」なのだろうか。

 イベントの少し前くらいから、どうにも調子が悪かった。それは、普段感じたことのない感じだった。あたし自身の体調が悪いというよりも、乗り物に乗って酔った時のように、日本が、地球が、いやもしかしたら宇宙規模で、変調をきたしているような感じ。グルグルと目が回り、横になって目を閉じてもそれは続いた。生理の時のそれとは全く別物だった。それに、頭の中がいっぱいになって、胃もたれならぬ頭もたれを起こしているように、苛々する。苛々というよりも、微細な電波が常に入ってきているような、うっとおしさだった。それらはしつこく付きまとい、周りをハチャメチャにしてしまいたいような衝動に駆られて、どうにもこうにも落ち着かなかった。猛烈に頭も身体も疲れ、何時間でも寝ていられた。でも、寝ている時でさえ、リアルな夢を見続けて、ぐっすり眠ることもできなかった。
 ある日は、霊を退治するためにバスで教会に向かうのだが、何度も降ろされてしまい、その度に早歩きでバスに追いついてはまた乗るということを繰り返した。またある日は、カレーを作って食べるのだが、少しだけ残ってしまい、少し足して作って食べるとまた残るということを繰り返した。あたしの隣には、金と権力をひけらかす偉そうな人物が立っていて、履いている短パンを「いいだろう」とあたしに主張していた。そしてまたある日には、父親が国に反抗をしていることで、テレビに毎日のように出ていると友人に聞かされ、テレビを見ていなかったあたしは「そんなはずはない」と言うのだが、「やめとけ。本当につらいのは当人なんだから」とまるであたしが精神的におかしくなったかのように、見られてしまう。そこで、父親の名をネットで検索してみると、ありとあらゆるニュースになっていた。
 まるでチグハグな、どうでもいいような夢なのだが、起きた時にはいつも、どうでもいいやとため息をつきたくなるような、ぐったりとした疲れを感じた。

 もし、宇宙規模の変調があたしに影響を与えているとしたら、感じているのはあたしだけじゃないかもしれないとは思ったけれど、あたしの感覚に自信があるわけでもなく、人に話そうとは思わなかった。そのうち、完全に消失したわけではなくとも、無視できるくらいになった。そして姉のところにやってきた。すると、姉が体調の悪さを訴えた。しかもそれは、しばらく続いていると言う。三連休の初日、姉は起き上がれない程に具合が悪く、夫が太朗を連れて遊びに行っている間、あたしも姉も寝続けた。
 少し良くなって起きた姉は「普通は寝過ぎると頭痛がしたりするのに、おかしいくらい寝られるんだよね」などと話した。そして、自分の体調の悪さについて話しているのを聞いているうち、ようやく気付いた。あたしが感じている変調を話して、「こんな感じ?」と聞くと、「そうそう」と同意してくる。やっぱりそうだった。姉もまた、普段感じたことのない体調の悪さに戸惑い、不快感にさいなまれていた。
 A子の母親の自殺を知らせるメールが届いたのは、その日の夜だった。そして次の日、夫が太朗を連れて実家に行き、あたしと姉は買い物や映画で楽しもうと出掛けた先でランチを食べている時に、2通目のメールが届いたのだった。
 この先は、あたしの妄想でしかない。自殺した2人にはそれぞれ、理由があったかもしれない。A子の母親は、A子の弟が病死してからずっと、元気がなかったということも聞いている。でももし、この変調を2人も感じ取っていて、何物か分からないモノに支配されて自分を殺したのだとしたら。1日違いで亡くなったのは、偶然ではなかったのだとしたら。あたしが感じた破壊衝動や無力感に、絶望してしまったのだとしたら。あたしの妄想は、確かめることができない。もしかしたら、この妄想さえも電波のせいかもしれない。だから、謎は謎のままで終わろう。
 自殺については、また次の機会に。

[253] キャリアウーマン
[2005年2月14日 12時39分]
 「そのことなんですが、確認しておきたいことがあって、要員は何名確保できるのでしょうか? それから、仕事に関してですが、作成しておいた資料をお渡ししますので、それで確認していただくという形でよろしいでしょうか」
「・・・・・」
 自分のメモを見ながら早口で言った後、視線を感じて顔を上げると打ち合わせのメンバー全員が無言でこちらを見ていた。「あ、またやっちゃったかな」400人規模の県の研究集会が明日に迫っていた。それまでの数週間、あたしが大方の実務をすることになり、しかも上司は仕事でここ数日いなかった。だから、把握も想定もあたしなりにできていて、確認しなければならないことや、やらなければならないことも見えていた。とはいえ、その場にいるメンバーと顔を合わせたのはその日が初めてで、あたしのペースで進めてもついてはこれないだろうし、何と言っても、あたしは仕事を始めて一か月のバイトでしかない。
 あーあ、小学生のユキちゃん、貴方が憧れたキャリアウーマン、なれる素質は持ってると思うよ。やりたいかどうか、続けられるかどうかは別としてね。
 そんなことに気付いたところで、やるべきことはやらなきゃいけないわけで。その後も次々と口を挟んでは、勝手に作った資料を配りつつ、確認を取っていった。そして、打ち合わせが終わると、新たに出てきた必要な物を用意したり、資料に修正を加えてFaxしたり、メンバーと個別に相談したりと、走り回る。どうしてこう走り回るんだろうなぁ。上司も含めて他のメンバーは、「何とかなるから大丈夫」とゆったり構えていられるのに、あたし一人が「何か見落としはないか」と考えながら動き回って、落ち着きがない。性格なんだろうな、仕方がない。

 そして当日、やっぱりあたしは走り回っていた。どんなに準備をしても、大きいイベントなら尚更、トラブルというのは起きることになっている。問題は起きた時の対処で、そこには準備が生かされる場合が多い。パソコンのデータを用意しておいて、膨大な資料を抱え、携帯も活用しながら、あちこち見て回った。そしてこれを機にと、手の空いている要員の方に声をかけては、普段の仕事の目的のひとつでもある、各地域での実態や状況の情報を得ることにも時間を割いた。おかげで、内容はほとんど聞けず。仕事で来ているのだから、仕方のないことだけれど。
 バイト先というのは、前職と関わりの深い職場なのだけれど、実はこれまで、様々な危惧からあたしがバイトで入っていることを報告していなかった。ところが、講師として、参加者として、数人の前職関係者が来ていて、案の定「あれ? 何でいるの?」と声を掛けられることに。自分から辞めた職場ではあったけれど、原因は職場の人間関係であって、仕事内容は好きだったし評価もしていたから、職場を変えて同じ仕事をしていることに、あたしとしては疑問が生じない。でも、相手にしてみれば、不満を話して辞めていったあたしが、前職と関わりのある職場にいることに、疑問を感じるのは当然と言えば当然のこと。「ああいう形で辞めたのに、関わってくれているなんて有難い」と好意的に言ってくださる方もいたけれど、違う思いを抱えている方もきっといるだろうと思う。まぁ、あたしのしたことだから、今の職場にさえ迷惑がかからなければ、仕方のないこと。
 何とかイベントを終えて打ち上げの場、ここでも前日の打ち合わせと同じようなあたしが顔を出す。来年の研究集会に向けて、今回の反省点を整理するべきだと話し、終わって解放されているメンバーを唸らせてしまった。それを見て、会議ができないのなら、あたしの方で整理するから気付いたことを伝えてほしいと更に追い討ち。来年の開催地の役員さんにも、今回感じた開催地としての役割を話したり、開催地としての悩みを聞き取ったりもした。でも、よく考えれば、あたしは来年はいない短期バイト。何を言っているのだと、恥ずかしくなる。仕事でも何でも、のめりこむと回りに合わせることもせずに先走りするこの性格、痛い目にあっても尚、止めらんないみたいっす。

[252] や、やばい?
[2005年2月2日 19時38分]
 この前、母上にお願いして食料を送ってもらったんよ。
仕事してた頃と違って、食事の時間に家にいれることが多くなったから、節約兼ねてね。
で、母上からの配給はいつも量が多くて、賞味期限と格闘してるんだよ。母上はあたしがどんだけ喰うと思ってるんスヵ!? 一人暮らしって分かってマスヵ!? 賞味期限見えてないんすヵ!? と疑問に思うこと多々ありなわけで。
まぁ、実家にいた時から「ウチって賞味期限完全に無視してるよなぁ……」と思ってたのも事実。母上もあたしも胃腸が弱い方なんだけど、よく生き延びてきたわね。なぁんて、そのせいで胃腸の調子が悪かっただけだったりして。

で、今回は更にあたしを悩ませるものばかりでして。
すじことかたらことかの生もの、賞味期限の短いレトルトおかず、生ラーメン5食に、ウインナーなどなど。
ラーメンやウインナーは最悪冷凍しちゃえるとして、生ものやレトルトはねぇ(チャレンジャーな母上は「冷凍しちゃえばいいのよ」と誇らしげに言いますが……)。
しかも、あたしの元に届いた時にはすでに、賞味期限ギリギリ。母ちゃん、着く日も考えて買ってくれると嬉しいなぁみたいな。

今日はバイトだったんだけど、ご飯炊いとくの忘れてたし、ここはレトルトおかずから「八宝春雨」とやらをチョイス。
分かっちゃいたけど、いちおー賞味期限を確認すると、2日前の日付け。うーん。まぁ、あの実家で鍛えたお腹だ、大丈夫だろー。
てなわけで、テキトーに作って食べて出掛けたわけですよ。
職場に着くと、今日も机の上には仕事が山積み。いっちょやったるヵ! と片付けてったら、何だか身体がだるい、胃がしくしく痛む、脈が上がって心臓まで痛い。
あー、心臓の薬持ってくるんだった。でも、ま、ここんとこ忙しかったし、外は寒いし、ちょっと体調悪いだけだろー。と、たいして気にも留めず、仕事に集中。

「うっ」それは突然訪れた吐き気。出る、出る! ダッシュでトイレに向かおうとしたら、あたしの名を呼ぶ声が……。今だけ名前変えさせて頂きますっ!
便器と向き合うこと数分、賞味期限切れのレトルトを喰ったことなんて忘れてるあたしは「えっ!? 妊娠?」と一瞬頭を過ぎり、すぐにその可能性はないことに気付く。しかも今、生理の真っ只中だった。アホヵ、あたしは……。
ってことは、、、あっ、もしかしてあのレトルト!? やっぱやばかったヵ。ここんとこ、寝不足続いてるし、弱ってた身体には、さすがにキツかったヵ。

その後、何度かトイレに走り、ようやく仕事を終えて何とか家に辿り着くと、空腹には勝てず、同じく賞味期限の切れたレトルトを手にするあたしなのでした。
良い子はマネしないでネっ☆

[251] 夢 ― 喪ったモノ
[2005年1月30日 3時56分]
  バイト先のイベントを間近に控えて、仕事も忙しくなってきた。集中して数時間を過ごすと、気分が少し楽になる。分かりやすい達成感。でも、そんなことが今は、私を支えていた。姉のところとの行き来を止め、しばらく自宅にいたことで、知人と会う機会も増えた。何かから逃げるみたいに、私は予定で埋まったカレンダーを時々眺めた。

 目が覚めてもずっと、今朝みた夢が気になっていた。
 おばあちゃんと会った。
 私は、荒っぽく車を駐車場にとめると、スーパーに急ぎ足で向かった。すると扉を入ってすぐのところに、おばあちゃんが立っていた。緑色をしたワインの空き瓶のようなものを両腕に3本抱え、こちらを真っ直ぐ見て微笑んでいた。隣には、SPのような黒いスーツにサングラスをかけた、背の高い男が2人おばあちゃんを護るように立っていた。
 駆け寄ると、私より少しだけ背の低いおばあちゃんの肩に触れ、「おばあちゃん、来ちゃったの?」と声をかけた。私はおばあちゃんが死んでいることを知っていた。死んで向こうの世界にいるはずのおばあちゃんが、こちらの世界に来てしまった、しょうがないなぁ、そういう認識だった。でも、おばあちゃんは、自分が死んでいることを知らない様子で、「これを置きに来たの」それだけ言うと、ただ微笑んでいた。柔らかく、優しい、泣きたくなるような微笑みだった。
 私は逃げ出したくなって、「じゃあ私は買い物があるから」と言って、その言葉とは裏腹に店の外に駆け出した。背中に、おばあちゃんの視線をいつまでも感じていた。

 夜になっても、その夢のことを考えていた。あの瓶には何が入っていたのだろう。どうして3本も抱えていたのだろう。あの男たちは誰だったんだろう。どうして私に会いに来たんだろう。何を言いたかったんだろう。そして、どうして私は逃げてしまったんだろう。
 落ち着かなくて、部屋の掃除をすることにした。掃除というよりも、思い切っていろいろ捨ててしまおうと、ゴミ袋を抱えて動き回った。大分スッキリした部屋を見ても、気持ちはスッキリしなかった。とても嫌な感じだった。左手の中指につけた指輪を見ながら、何かあるんだろう、そう諦めて覚悟をした。
 それは案外すぐに訪れた。恋人から「好きな人ができた」と振られた。数週間前に「疲れた」と言われ、急に態度が冷たくなっていたから、予想できないことじゃなかった。それでも、彼がとても愛しいことに変わりはなく、彼が別れを決めるまでは焦らず諦めずにいようと決めていた。けれど、私が考えていたよりずっと、答えは早く出た。
 彼との話を終えると、違和感を感じていた左手を見た。すると、指輪が綺麗に折れていた。おばあちゃんが死んだ時、形見分けとして、いくつかの指輪の中から選んだものだった。小さなダイヤが5つ並んだ、シンプルで可愛らしいデザインが気に入って、ずっとつけていた。プラチナでできたその指輪が、何もしていないのに折れてしまっていた。

 何も考えられなかった。頭の中が真っ白だった。カップに口をつけて空なのに気付き、コーヒーでも入れようと台所に向かった。ヤカンを火にかけ、ぼんやり眺めていたら、泣けてきた。泣けて泣けて、もうどうしようもないくらいに泣けて、しゃがみこんでそのまま泣き続けた。振られたことが哀しいのか、指輪が折れたことが哀しいのか、それとももっと違うことが哀しいのか、分からないまま涙が止まらなかった。ヤカンから、シューシューと音を立てて湯気が天に向かうのを遠くに感じていた。
 おばあちゃんはどうして微笑んでいたのだろう。私に何を伝えようとしたんだろう。夢と現実が分からなくなる。自分を感じられなくなる。私は何を喪ったんだろう。どうしたら、この涙は止まるのだろう。

[250] け、けむい……
[2005年1月24日 15時12分]
 「子どもの居場所づくり新プラン」をご存知ですか?
文部科学省が、放課後や休日の子どもたちの居場所を緊急的につくろうと、3年間だけそういう活動に補助金を出すことになったんです。
3年間しか補助金は出ないのに、お金のない市町村はそれを学童保育の代替えにしてしまうなど、問題点もあって、前職の時に文科省と話をしに行ったりもした事業だったから、一応詳しく知っていました。

それを利用して、日帰りキャンプをしている方(アルバイト先の上司)に誘われて、昨日、スタッフとして参加した。
5年生の2人が野球で休みだったため、小学1・2年生を中心に16人の参加。3つの班に分けて、誘ってくれた方と学童指導員とあたしが1班ずつ担当。10時に集合して、テントを張って、火をおこして昼飯を作り、食べた後は自由に遊んで、おやつを作って食べて、17時くらいに解散という流れ。

スタッフは8時半に会場集合だったため、あたしは久しぶりの早起き。夜眠れるように、寝不足状態にもっていったのだけれど、それでも眠れず、あくびをしながらキャンプ場へ。
テントの張り方を教えてもらうために、一度自分で張ってみる。キャンプ場にひっそり住んでいる方々に、子どもたちが来ることを伝える。スタッフで日程を確認する。
その後、指導員をしているスタッフから「うちもやばい」という話が出る。今、某改革のために予算を大幅に削減しなければならない市町村は、学童保育への補助金も減らす方向を打ち出している。彼の市では「案」が全学童に配られ、これから行動をすることになるらしい。「これが通ったら、うちの学童も1人スタッフを減らして、保育量も値上げするしかないです」と嘆いていた。県内で声があがったのはまだ2つめだが、3月議会に向けてどんどん出てきそうな気がする。まだキャッチしていないだけのところもあるだろうし。子どもに福祉にすら、お金をかけられない社会になってきている。これが本当に改革なんだろうか。政治家が求めている社会は、こういう社会なんだろうか。しばらく、これからどうしていくかの対策を3人で話した。
もう、寒いっ。ホント寒いっ。ガクガクブルブル。
やっと子どもたちを迎えに行く時間。車で小学校まで行き、子どもたちを待つ。来た子たちは、スタッフにくっついて「今日何すんのー?」ってジャレてるんだけど、初めて参加のあたしには、さすがに様子を伺うだけ。
そのうち時間になって、一人は車で戻り、あたしたちは子どもたちとバスで移動。参加する保護者の方は、今回ご夫婦とお父さん一人だけだった。

会場について、班を発表。あたしの班になった子がどんな反応をするかドキドキだったけど、「やったぁ」って女の子が言うのを聞いて、優しい子だなぁとほっとした。
4年生のリーダーの男の子を中心にテントを張った後、「ほうとう」を作るため、材料切る係と火おこし係に分かれる。
材料を切るのは、立候補した1年生の女の子2人。これがまた、危なっかしい。しかも、2人とも包丁を使いたいもんだから、片方が切ってる時も、何とか材料や包丁に触れようとする。こっちはヒヤヒヤもん。でも、手も口も限りなく出さないというのが、スタッフの間での確認事項。「あっ」と思わず声がもれて、口を押さえてた。
火おこし係は、残りの4人。2人が木を拾ってきて、1人がそれを丁度いい大きさに折ってくべ、1人がうちわをあおぐというコンビプレー。毎回火をおこしてるおかげで、なかなか慣れた手つきで、安心して見ていられた。
子どもも大人も火遊びって好きじゃないですか? 子どもたちは火をおこすだけで、すっごい楽しそうにしてた。
しかしっ、ようやく鍋を火にかけた頃、拾ってきた竹を見て、参加してくださったお父さんが弓を作ることを提案してくださり、子どもたちは夢中に……。「火が弱くなってきたよ〜。ほうとうできないよ〜。他の班はもうできそうだよ〜」とリーダーに声をかけても、「俺は、リーダーである前に武士だ」とか言っちゃう始末。
女の子は「男子は全然やらないし!」って怒り出すし、男の子は「オンナのくせにうるせー!」って言い出すし。いつの時代もあんま変わらないもんだと思いつつ、朝ごはんも食べてないあたしは、腹が減って早く喰いたい。「腹減ったし、食べたらあったまるだろうし、がんばって作ろう」と女の子たちを励まして、他の班に遅れて何とか完成。
だが、遅れたが故の悲劇が待っていた。子どもたちはなかなか麺をうまくよそえず、他の待ってる子に気遣いもあって、ちょっとだけで「おかわりすればいいや」とテントに向かった。でも、その頃すでに他の班ではおかわりも済んで鍋はからっぽ。「余ってる班からもらいな」というスタッフの声に、うちの鍋もあっという間にからっぽ。
おかわりに行った子は、「これしかなかった〜」とにんじんを見せてくれた。「後で、おやつにお好み焼きも作るから」と言って、遊びに誘った。

食べ終えた頃には、すっかり子どもたちが馴染んでくれ、「センセー、あそぼーよ」と抱きついてくる。「いいよー、何する?」「きょーそー」「ゲッ。今食べたばっかりだよ? お腹痛くなるよ?」「いーのっ!」何故かあたし、学童に行った時もそうだけど、子どもたちに競走を挑まれる。
明日は筋肉痛かぁと諦めたところに、男の子たちも集まり、7人で競走することに。「本気出すよ?」「いーよ。俺の方が早いもん。よーい、ドン」現役の頃とまではいかないけれど、これでも中学までは陸上の大会にリレーの選手で出てたあたし。まだまだ走れるよーだ。持久力はないけどね。なかなか負けを認められない子たちに「もう一回」を繰り返され、ようやく諦めてくれた時にはぜぇぜぇはぁはぁ。でも、少しあったまった。
いつの間にか大勢の子が持っていた弓でどこまで飛ぶか競争したり、枯葉を集めてベッドにしておしゃべりしたり、おんぶや抱っこをせがむ子たちを身体に巻きつけて走ったり、あたしをやっつけようと頑張る男の子たちと鬼ごっこしたり、相変わらず火をおこすことに夢中になってる子に感謝して暖まったり……。
本当は、ゲームも用意していたのだけれど、自然とスタッフ全員が「やめようね」という意見で一致した。自然があれば、子どもたちは勝手に遊びを開発する。大人がルールを決めるより、自分たちで考え付いたルールで遊ぶ方が、子どもは笑う。
昼飯を作る時には、木を集めるのを面倒がってた子も、「この木かわいそうだから、こういうので守るの」と、走り回って木や葉や石を集めてくる。

さすがに遊び疲れてきた頃、今度はおやつのお好み焼きつくり。昼飯と同じ分担で、ネタをつくる。今度は炭を焼いて七輪を使い、テントの中で食べることに。ネタを混ぜるにも、取り合いになる。「こぼさないでよぉ」「そっち持ってってば」と女の子同士の攻防が起こりつつ、男の子はお構いなしで弓に夢中。矢を軽くするためと火にあぶってた。
お好み焼きもようやく完成。ただ、同じ大きさに切るのは至難の業。見ると、端っこの生地しかないようなところから、その5倍はあるようなものまで。ここはやはり、公平にジャンケンで。まずは腹をすかせた子どもたちだけで食べると、次は残り全部で少し大きめに作って大人も。はらへったー、やっとありつけると思ったあたしは、甘かった。
Aさんが「10等分して」と言うと、「俺の班だけ何で大人3人もいるんだよ。ほら、向こうの班大人いないじゃん。Aさんはあっち」と追い出し、「8等分でいいよ」と。「手伝ってもらったくせにぃ」と言ったけれど、あたしの言葉も無視。
あたしは班の担当だから、どうやら混ぜていただけるらしい。また、大きさが全然違って切られたお好み焼きを見ながら、「ジャンケンしよう」と言ったら、あっけなく「大人は最後」げっ。しかも「大人には、この切れっ端やろうぜっ。大人がみじめなのっておもしれー」って大笑い。げっ。お前ら、悪魔ヵょぉ。
でもっ、その前に隣にいた女の子が「あたしもうお腹いっぱい。これでいいくらい」って切れっ端を指してたもんっと期待したあたしも、甘かった。いざジャンケンで勝つと、やっぱりみんな大きい方からとっていく。最後に残された小さい2切れ。参加してくれたお父さんに切れっ端をやるわけにもいかず、子どもの期待通りに切れっ端ゲット(泣)。一応ソースとマヨもかけて、2口で完食。
顔中にソースやマヨで化粧をしながらかぶりつく子どもたちを見ながら、顔が緩んだ。子どもたちもあたしと目が合うと、笑ってくれる。いい顔してんなぁ。喰え、喰え、いっぱい喰え。あ、あたしヨダレ出てた?

お好み焼きも喰ったし、後片付け……を素直にやるわけはなく、じっとしてて冷え切った身体を寄せ合ってかまどの前に集合。あたしも寒いから、子どもたちにしがみつかれながら、一緒にあったまる。
木よりも枯葉の方が燃えがいいから、どんどん枯葉を投入する。木と違ってすぐに燃え尽きるから、そりゃもう次々と。そこに、うちわであおぐもんだから、灰になった葉が舞い上がる。全身煙と灰にまみれて、薫製になった気分。髪の毛から足まで、いい匂いがする。
舞い散る灰に「雪みたーい」と騒いでたら、ホントに雪が降ってきた! そりゃ寒いわけだ。小さな小さな雪だったけど、みんな大喜びで空を仰いだ。あたしは珍しくもないから、かまどの前に居座ってそんな子どもたちを眺めてた。

「次も来る?」一緒に荷物を運んでいる子が、そう言ってあたしを見た。その日初めて参加した子で、最初は恐る恐るだったけれど、あたしに一番抱きついて離れなかった子だった。周りにいた子も「来るの?」と次々に。ありがたいお言葉。でも、学童の時もそうだけど、お金の問題もあるから、こればっかりは気休めで約束はできない。「う〜ん、相談してみないと分かんないなぁ」と言うと、今度は「来てっ」のコール。ん〜、もったいないお言葉っす。
ほとんどの子どもたちをバス停で降ろし、もう少し先のバス停で降りる子ども2人とバスに揺られていると、「あれ、何でこの人いるの?」と男の子。「え? 最後まで送るんだよ」と言うと、「は? 誰のお母さん?」「…………」確かに他の班で、遊ぶ時もあんまり関わらなかった子だけど、そりゃねーぜ。一緒にいたAさんが、苦笑しているあたしを見て「そんなに年とってないってさ」と笑った。まぁ、7歳の子がいてもおかしくない年ではあるんだけど。それに、子どもから見れば、たいして変わんないか。
全員を送り届けて、反省会。「次も次も、3月も来てくれない?」の言葉に、「来ます、来ますっ」と日程も見ずに言ってた。「次も来る?」と言った子の顔が浮かんだ。今年度が終わるまであと少し。月に2回、煙まみれになるのもいいかと思ったわけで。
どうしてもお好み焼きを食べたくなって、途中で食べて帰ると、煙臭いまま、電気も付けたままで爆睡してた。早起きだけが、課題だなぁ。

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